​1st Prize 新たな生活を求めて 

In Search of a New Life Photo by Yannis Behrakis / Reuters

2位

ロヒンギャ難民 
迫害から逃れて

Photo by

ポーラ・ブロンスタイン


Paula Bronstein

http://www.paulaphoto.com/

一番大きなロヒンギャ難民のキャンプ、クトゥパロン・キャンプ。ドローンで撮影。

2017年の8月末、ロヒンギャの武装勢力がビルマの国家治安部隊を攻撃したことをきっかけに、ビルマ軍がロヒンギャに対する大規模な掃討作戦を開始。ビルマ軍の迫害を受け、ビルマに住むロヒンギャの人口の約半分が国外へ脱出した。統計によると、63万人が隣国バングラデシュにたどり着いたという。
2017年12月11日 クトゥパロン、バングラデシュ

何千というロヒンギャ難民がビルマから逃げ、国境を越えた後、田んぼの泥道を歩き続けた。

2017年10月9日 パロンカリ、バングラデシュ

太陽の照りつける中、田んぼの泥の中で泣いているロヒンギャ難民の少女。ここに辿り着くまで、ほとんど睡眠をとらない状況で何日も歩き続けた。恐ろしい体験により、トラウマを抱えている。

2017年10月16日 パロンカリ、バングラデシュ

暗闇の中、ノビ・ホサインに抱えられボートから降りてきたソナ・バヌ。ビルマからボートでナフ川を渡り国境を越えバングラデシュに入った。たった一人でこの長い道のりを移動する子どもも何千人といる。彼らは人身売買や労働搾取の被害に遭うリスクにも晒されている。バングラデシュに辿り着いた多くのロヒンギャ難民たちはトラウマを抱え、ビルマ軍によるレイプ、殺害、焼き討ちなどの恐ろしい体験を語った。

2017年9月27日 シャーポリールディープ、バングラデシュ

ロヒンギャ難民たちが、必死で食糧と服の配給に手を伸ばす。

2017年9月15日 タンクハリ、バングラデシュ

診療所で治療を受ける生後15日目の赤ちゃん。極度の栄養失調状態にある。

2017年10月4日 クトゥパロン、バングラデシュ

国境を越え、長い列を作り田んぼの中を歩くロヒンギャ難民。彼らはビルマから何日も歩き続けてやっとバングラデシュとの国境に辿り着く。

2017年10月9日 パロンカリ、バングラデシュ

11歳のアジダ・ベグムはビルマの村から逃げる時、ビルマ軍に腕と足を撃たれ、彼女の母親はその時に撃たれてなくなった。父親も数年前に亡くなり、現在彼女は祖母と一緒に暮らしている。

2017年10月10日 バングラデシュ

ビニールシートで雨をしのぐモハメド・ナジルとその家族。モハメドの家族にはまだテントが支給されていない。
2017年9月17日 クトゥパロン、バングラデシュ

何日もかけてビルマからやっとバングラデシュにたどり着いたロヒンギャ難民。そこでは、バングラデシュ軍による厳しいセキュリティチェックが待っている。
2017年10月16日 パロンカリ、バングラデシュ

親戚の5人の子どもたちの遺体を前に嘆き悲しむマディア・カトゥン。ビルマから夜、ボートに乗って逃げてきたが、ボートが転覆し、乗っていた5人の子どもたちを含む12人がこの事故で亡くなった。
2017年10月9日 コックスバザール、バングラデシュ

亡くなった子どもたちの体を葬式の前に洗う準備をする女性たち。100人以上の人を乗せたボートはバングラデシュ付近で荒波にのまれ転覆した。20人の遺体は見つかったが、50人以上がまだ見つかってない。
2017年9月29日 イナニ、バングラデシュ

夕方の光の中、キャンプのテントの前で、夕食のコメを洗うためにかがむサジダ・ベグム(18歳)。
2017年9月25日 コックスバザール、バングラデシュ

巨大な難民キャンプの中で、竹の橋を渡るロヒンギャ難民。奥には夕日が広がる。

2017年10月13日 クトゥパロン、バングラデシュ

海でボートが転覆した後、浜辺に打ち上げられたロヒンギャ難民の女性の遺体。

2017年9月28日 イナニ ・ビーチ、バングラデシュ